Floret 12月の花ガーデニング・ポインセチア・クリスマスローズ・苔 ポンペイ・ヴェスヴィオ



★花暦/ポインセチア
木枯らしの季節になり、山々は静かに眠りにつこうとする時、街々には色鮮やかなデコレーションが施される。
「クリスマスフラワー」という別名を持つ、この季節を彩るポインセチア。あの赤い部分は苞葉。苞葉に囲まれた中心に小さな小さな花があります。
クリスマスには欠かせない冬の植物のイメージがありますが、南米のメキシコ生まれです。19世紀初めにアメリカの外交官でメキシコ公使のポインセットが紹介したことからポインセチアの名がついたとされています。それ以来、品種改良が繰り返され、現在のような色鮮やかで長期間楽しむものとなり、様々な品種が登場し続けています。
和名は「猩々木(しょうじょうぼく)」。黒みを帯びた鮮やかな赤色を猩々緋(しょうじょうひ)と呼ぶことから名付けられたそうです。

★花暦/クリスマスローズ
地中海沿岸原産のクリスマスローズ。一重の薄い花びらをうつむき加減に咲かせます。
クリスマスの頃にバラに似た花を咲かせることから、この名前がついたとされ、
また、羊番の少女がキリストに花を捧げたいと冬の野原を彷徨っている時に、天使が咲かせてくれた花という伝説もあります。
トリカブトなども属するキンポウゲ科の中には、毒を持つものがあり、このクリスマスローズも例外ではありません。少量としてなら薬として用いられ、ギリシャ時代には「狂気を治療する薬」、イギリスでは「憂鬱を治す薬草」として利用されていました。学名のHelleborus.L.は、「殺す食物」の意です。

(クリスマスローズ)

★苔
1歳4ケ月を過ぎた娘が、9ケ月頃から好んで手にするのが「苔」。外に出れば、真っ先に苔を見つけて削り取り、両手にいっぱいに握り締めながら歩く。転んでも決して離さない。外泊した時も同じだ。この苔は家に持ち帰り、その頃には片手だけに納まっている。風呂の時以外離さず、食事の時も、寝る時もで、朝には布団の中で散らばっている。掃除・洗濯が大変なため、玄関先で手放すように躾けたが、それにしても苔に沢山の種類があることや美しさ、何ともいえない湿った心地よい感触を教えてもらった。
苔は乾燥させ、同じように彼女が拾ってきた落葉や木の実や石も混ぜてポプリにした。これがなんとも素敵なのだが、近所の子供や大人達もがビニール袋に苔を入れて届けてくれるようにもなってしまい、毎日増え続ける。もう量の限界が近い。
彼女と出会わなかったら、苔をこんなに間近でじっと見つめることなど一生なかっただろう。

★鉢花を楽しむ季節
日一日と寒い冬が到来し、室外の片付けを済ませると、室内に鉢花が欲しくなる季節です。
庭では秋蒔きの草花を間引き、枯れた一年草を抜き取ります。宿根草に寒肥を施し、枯れた部分や落葉を取り除き、害虫が住み着くのを防ぎます。晴天が続く時には水をまいてください。
暖地では、パンジーやプリムラ類の苗の植え付けもできます。またクリスマスの演出として、花とドワーフコニファー類などを組み合せたプランターも楽しいものです。
庭木は、マツやモミジ、ツツジなどの枝を整理します。落葉花木のサクラ、モクレン等やバラの苗木の植え付け、移植も今月が適期です。
窓近くに置いている観葉植物で寒さに弱いアンスリューム、ペペロミア、コーヒーノキ等は、夜間は部屋の中央へ移動します。葉のホコリを拭き取ることや霧吹きも忘れずに。
鉢物の冬の管理の基本は、水やり回数を減らすことです。晴れた日の午前中に、花に水をかけないようにして、たっぷりとやりますが、冷たすぎる水は禁物です。
以下は代表的な花鉢の管理方法です。
・プリムラ類(西洋サクラソウ)
オブコニカは、ガラス越しの日光で十分育ち、メラコイデスやポリエンサ、ジュリアン等は室内(適温は5〜15℃)でも、屋外(霜の当たらない所)でも育ち、直射日光を十分当てると花色も良くなります。10日に1回程度の液肥を。
・ポインセチア
10℃以上の室内が適し、5℃以下の環境や寒風に当たったり、水を切らすと下葉から落ちていきます。日中はガラス越しの日光を当て、月2回程度の液肥を。
・シクラメン
日当りのよい室内で、5〜6℃の低温でも育ち、水やりは3〜4日に1回位。咲き終わった花は、茎をねじりながら根元から抜き取ります。月1回程度の液肥を。

★海を越えて
灰の下に眠っていた都市
イタリア・ポンペイ/ヴェスヴィオ(ス)ベスビオ(ス)山
♪赤い火を噴くあの山へ、登ろう。登ろう。そこは地獄の釜の中、覗こう。覗こう。・・・フニクラ・フニクラ・・・♪、快いメロディーのこのナポリ民謡は、ヴェスヴィオ山を歌った曲。
西暦79年8月24日午後1時過ぎ、ヴェスヴィオ山は大噴火。三日三晩、降灰・雷・地震・津波が続き、ポンペイの人口の約10%にあたる2,000人もの人々が火山灰に埋まった。
街には上下水道が整い、舗装された道は車道と歩道とに分けられ、横断歩道もある。パン屋・八百屋・靴屋・喫茶店・病院・共同浴場・大円形劇場などが整然と並び、壁にはフレスコ画などの贅を尽くした装飾が施され、当時の繁栄を目の当たりにする。あちこちには花をつけた雑草たち。陽気な人々の賑やかさや喜びに見えた。「ナポリを見て死ね」という諺は、当時は「ポンペイを見て死ね」だったに違いない。自然の猛威は過酷だ。
ナポリを去る前日の夕方、丘に登り、サンタルチア港の向こうにヴェスヴィオ山を遠く望んだ。

Floret 11月の花ガーデニング・ポイント 若返りのハーブ/世界最古の香水ハンガリー・ウォーターのレシピ 空を飛ぶ/篭野茂雄


★HERB
世界最古の香水
魔法の水・ハンガリーウォーターのレシピ
ハンガリー・ウォーターは、ローズマリーを主成分に作った世界最古の香水といわれ、若返りのハーブウォーターとしても有名です。
香水としてはもちろんのこと、洗顔後の  やバス・エッセンスとしても利用できます。
用意するものは、
・ローズマリー(ドライを大さじ4)
・ミント(ドライを大さじ2)
・バラ(ドライを大さじ2)
・ローズウォーター(1/4カップ)
・レモンピール(小さじ1)
・ウォッカ(1カップ)
以上をよく混ぜ合わせ、日光の当たらない場所に置き、
時々揺すりながら1ケ月程度経過したら、
布などで漉してビンなどに入れれば完成です。
以上が基本レシピになりますが、
状況に応じて多少変更しても魔法の水を作ることが出来ます。
保存料は使用しないため、<作る・使う>を繰り返します。

(チトニア)
★今年の秋を振り返りつつ
ハーブあり野菜ありの混植花壇の9月の主役の花は、鮮やかなオレンジ色のチトニア(メキシコヒマワリ)だった。10月からはサルビア・レウカンサの紫とコスモスが競うように秋空を染めている。コスモスは気に入った花から毎年種子を採り、4月下旬に直播きとポット蒔きで育て、毎年違ったレイアウトに挑戦している。コスモスのない秋は考えられない。
9月から25種の草花の種子を蒔いた。ニゲラ、ポピー、ギリア、カタナンケ、シノグロッサム、イエローサルタン・・・
種子は冷蔵庫で保存している。10年以上前の種子も発芽して育つので、冷蔵庫の一段を陣取っている。
爪の間から土がなくなることがなかった秋から冬へ。

(紫色をポイントにした淡い色あいの花壇)

★10・11月の園芸作業のポイント
草花
・チューリップ、スイセン、ムスカリなどの秋植球根の植え付け
・9〜10月に蒔いた草花の定植
・ヒマワリなどの春蒔き1年草の種子取り
・春植球根の掘り上げ
野菜
・ソラマメ、エンドウなどの種子蒔き
・葉菜類の間引きと追肥
その他
・観葉植物等を朝夕は室内管理
・果樹へのお礼肥
・霜よけ

★本日も晴天なり
<空飛ぶ夢を追いかけて>
空を飛びたいと願った人達がまず最初に考えたのが、鳥の羽のようなものを体につけ、自分の腕力で羽ばたくことでした。空を飛べなかった昔の人の、空を飛びたいという願望は強く、半信半疑で橋の上、塔の上から飛び降りて命を落とした人も大勢いました。航空力学が発達した今でさえ延々と続けられています。しかし成功した例は未だありません。
羽ばたくことに熱中した人を差し置いて、ちょっとしたことから空を飛んだ人がいました。焚火の最中に火の粉やゴミが空に舞い上がるのにヒントを得、これを大きな袋に詰めて空中に舞い上がったのです。初めて空を飛んだのは飛行機ではなく熱気球。これが今から200年以上前のことでした。
日本でも鳥型のグライダーで空を飛んだという話が残されています。しかし、当時は江戸時代、封建的で新しいものに興味をしめすと、異端として扱われ役人たちに怪しまれ斬首されたといわれています。彼の名前は浮田幸吉、「天明の飛行術」として日本の航空史に名を残し、事実とすれば、初めて人類が滑空飛行したという世界の航空史が70年も早かったことになります。
ほうきに乗って、空を飛びませんか?

<航空学とフライヤー号の成功>
鳥や昆虫を真似て空を飛ぼうとした時代、イギリスのケイリー卿によって世界最初の航空学が誕生した。「飛んでいる鳥は自分の重さを支えるために羽ばたいているのではなく、前に進むために羽ばたいているのだ」「翼は平面よりも上面が少し膨らみ、逆に下面は少しへこんだ断面の方がよい」「尾翼をつけると空中で安定する」等と、基礎的な空気力学と安定性、操縦性などを解明し後世に多大な影響を与えた。しかし、理論は見事だが、実際の飛行機を飛ばすには、あと一歩だった。操縦が思った以上に困難で、ひとつバランスを崩しただけで墜落し、命を落とした者が多かった。飛行機とは、機体、エンジン、操縦のバランスがとれて初めて飛べるのである。
この問題をすべて解決したのがライト兄弟である。まず飛行機の模型を凧のように飛ばすことから始め、次にグライダーを作り滑空実験をし、揚力の研究と操縦法を体験し風洞を作り揚力を科学的に測定した。また鳥が風の中で翼を捻ってバランスをとっていることに注目し、飛行機の翼に応用した。
そして1903年12月17日アメリカ、ノースカロライナ州の海岸で12秒、36mの飛行に成功した。人類初の動力飛行機「フライヤー号」である。この飛行に大きく寄与したものがガソリンエンジンだった。それまでの蒸気エンジンでは大きく重くどうしても飛び上がれなかったのだが、この初飛行によりガソリンエンジンの真価が発揮され、本格的な実用化が始まったのである。
ライト兄弟の初飛行以降、航空機は戦争を経て急速に進歩した。今では大型の旅客機が最新の技術を載せて何の不安も見せず世界の空を飛び回っている。先人達に黙祷。

<ハンググライダーで墜落死>
「10月8日、午前10時20分頃、静岡県富士宮市猪之頭で、東京都世田谷区上北沢5丁目、会社員、篭野茂雄(31)のハンググライダーが飛行中に・・・当時の天候は良く、風も穏やかだった。」1994年10月9日の朝刊
黙祷